≪星の国から風だより≫  第8回 2009年10月7日

 

去る9月30日、シンガポール日本人会厚生部主催でグリーフワークの講座をおこないました。今回はそのご報告をします。

 

6月から準備すること4ヶ月。自分が長くかかわってきたテーマだけに、準備はスタッフの研修などできるだけ念入りに行いました。講座タイトルは、『失くしたものは何ですか?見つけたものは何ですか?-グリーフワークのすすめ』としました。自分の喪失体験を振り返るだけではなく、そこで得られたものにも意識を向けることが今回のねらいです。

 

女性会員を対象に募集をかけたところ、インフルエンザが猛威をふるう中、当日キャンセルもあって最終的には参加者12名という小規模のグループになりました。前半はGWKの冊子を使用して対象喪失について説明したあと、映画の場面を二つ見てもらいました。ひとつは『マグノリアの花たち』(TriStar Pictures、1989年)というアメリカ映画です。ジュリア・ロバーツが、糖尿病がもとで亡くなる女性、シェルビーを演じています。彼女をとりまく5人の女性たちの友愛がこの映画の見所ですが、特に本講座では葬儀の場面で母親マリン(サリー・フィールド)が見せる感情の動きに注目しました。葬儀の後、母親は悲しみに沈んでいますが、突然怒り出し、その後冷静になったかとおもえば泣き出し、そして笑い出し、と短時間で様々な感情を表します。これはいわゆる『感情のローラーコースター』といわれる現象で、危機的な喪失の後にはよくみられる行動といわれています。こうした一見支離滅裂な表現も正常な悲嘆反応の一部であると説明しました。

 

二つ目は映画『おくりびと』(松竹、2008年) のなかから、葬儀場で働く職員、平田(笹野高史)が親友のツヤ子(吉行和子)の遺体を火葬する場面を見てもらいました。このときの平田の言葉、「死は門です。終わりではなく、次へ向かうための門です。」は、死別の中にみる旅と再生のイメージをよく表していると思いました。また、二つの映画を比べることで、アメリカと日本という異文化における葬送スタイルや感情表現の違いにも触れました。

 

休憩をはさんで後半ではグループを3つに分け、参加者4人にファシリテイター2名を加えたグループでディスカッションを行いました。はじめに導入として、日本のポップスを2曲聞きました。一曲目は松たか子の『桜の雨、いつか』という曲で、祖母を失くしたときの心情がつづられている歌です。二曲目は竹内のまりやの『人生の扉』という曲で、加齢とともに感じる喪失感のなかに新たな価値を見出すという内容の歌です。資料は両方の歌詞を対比したものを使い、曲を聴きながら自分のこころに沸いてきたイメージや気持ちをメモしてもらい、感想を出し合いました。

 

次に、いよいよ本題である自分自身の喪失について分かち合いました。事前に記入した演習プリントを参考に、それぞれが失くしたもの、見つけたものについてコメントしていきました。自分はまだ大きな喪失を体験していないから、と遠慮していた参加者も自分の体験でいいんですよ、とファシリテイターに促されて話し始める姿も見られました。「引越しが喪失体験とは全く自覚していなかった」、「将来家族と死別することを考えると今から不安だ」などの意見が出されました。また、過去の喪失体験については整理できたけれど、設問のひとつ、「将来の喪失に備えて今からできることは何ですか」という問いには答えを思いつかないまま時間切れとなった人が多かったようです。

 

最後に、忘れられがちな子どものグリーフワークについても触れ、子どもの悲嘆反応は大人と異なることがあると説明しました。家庭でできる、子ども向けの喪失の準備教育やグリーフワークの資源として絵本『葉っぱのフレディ』などを紹介し、日ごろから親子で死と再生のテーマについて話をすることを勧めました。
今回は心理職資格をもつスタッフが不在だったため、看護師資格をもつメンバーにファシリテイターを依頼し、事前勉強会として6回ほどグリーフワークの基礎知識やグループの援助方法、傾聴の演習などを行いました。個人的に不安がある人にはメールでやりとりをして本番に臨みました。この準備が功を奏し、ディスカッション中に思い余って泣き出した参加者に対してファシリテイターは落ち着いてその沈黙を受け止めることができました。

 

講座終了後のアンケートの内容は概ね好評で、グリーフワークについて学べてよかったといった感想をもらいました。映画や音楽などのメディアを使って自分の気持ちと向き合う時間をとったことも良かったようです。反省点としては、全体で2時間15分の講座で、演習をしながら冊子の内容をカバーするには時間的に難しい部分がありました。グリーフワークの理解には知識も勿論ですが、自分の体験に照らして感じてもらうことも必要なことと考えるので、今後は知識と体験的な演習のバランスを工夫することが大切だと思いました。

 

その日の夕方、講座を無事に終えて自宅でくつろいでいたとき地震が発生しました。
スマトラ島沖で起きた大地震の余波です。昨年に続いてまたもや子供をつれて10階から非常階段で避難しました。幸い揺れはまもなくおさまりましたが、その朝講座で説明したばかりの『偶発的危機』体験がまたひとつ増えました。近頃は新型インフルエンザ、地震、津波、大型台風と想定外の自然の驚異にさらされる機会に遭遇することが多くなりました。今回の地震も、あらためて日ごろから喪失の準備教育や喪失後のグリーフワークの有用性を広く社会に伝えていく必要があると実感する体験となりました。

 

8.グリーフワーク講座関連ページ

星の国から風だより
シンガポールという国、皆さんはどのくらいご存知でしょうか。
2.出稼ぎ労働とメンタルヘルス
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3.闘病からの気づき
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4.暑いお正月に感謝
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乳がんを患った友人Tさんの講演会についてご報告します。
6.ホストマザーに学んだ人生
今回は3月に訪れたアメリカで感じたことをご報告します。
7.マイケル・ジャクソンを悼む
マイケル・ジャクソンの訃報が世界を駆け巡りました。史上最も成功したエンターテイナーとしてギネスブックに認定されたほどの功績を残したマイケルですが、その私生活は訴訟、ゴシップ、離婚、処方薬依存と波瀾に富んでいました。
9.私流アンチエイジング
エイジング(加齢)について真面目に考え始めました。きっかけは先般のグリーフ講座で資料として使った竹内まりやさんの「人生の扉」という歌です。
10.「小さな家」から学んだ大きな幸福
昨年から私の心を捉えているある子ども文学についてお話します。