≪星の国から風だより≫  第9回 2009年11月14日

 

早いもので、もう年賀状の準備を始める季節になりました。この時期も気温は30℃前後のシンガポールでは突然カレンダーだけが冬になるので、年末に気づいて少々焦りを感じています。
最近、エイジング(加齢)について真面目に考え始めました。きっかけは先般のグリーフ講座で資料として使った竹内まりやさんの「人生の扉」という歌です。この歌は、歳を重ねるごとに衰えてゆく自分を感じながらもその味わいを愛する、というエイジングを肯定する内容の歌です。

 

かいつまんで紹介しますと、はじめの節は「春がまた来るたび ひとつ年を重ね 目に映る景色も 
少しずつ変わるよ」 と、自分が歳を重ねていく様子から始まります。そして、「陽気に はしゃいでた 
幼い日は遠く 気がつけば五十路を 越えた私がいる」とつづき、「信じられない速さで 時は過ぎ去ると 知ってしまったら どんな小さなことも 覚えていたいと 心が言ったよ」と結びます。歌詞の二番は、「満開の桜や 色づく山の紅葉(もみじ)を この先いったい何度 見ることになるだろう」で始まり、「ひとつひとつ 人生の扉を開けては 感じるその重さ ひとりひとり愛する人たちのために 生きてゆきたいよ」と続きます。終盤の繰り返しでは「君のデニムの青が褪せてゆくほど 味わい増すように 長い旅路の果てに 輝く何かが 誰にでもあるさ」の後、最後に“They say that life has no meaning, but I still believe it’s worth living”(人生は意味がないという人もいるけれど私は生きる価値を信じている) で終わります。

 

来月12月にまたひとつ歳をとる私は今まさにこの心境です。以前、日本人会の乳がん予防講座に出てもらった乳がん患者のTさんが、「歳をとることは素晴らしい、誕生日まで生きられたことが嬉しい」と言っていましたが、重い病を患った人や終末を迎えた人が残った時間を惜しむ中で凝縮した価値を見出すように、私も近頃では残された時間をより大切にしたいと思うようになりました。そして毎日健康で生活できることにより感謝するようになりました。

 

今の世の中、男女ともに「アンチエイジング」ブームのようです。最先端の技術を駆使して実年齢よりも若く見せようとお金と時間を投資する人々が増えています。テレビではいつの間にか顔が変わっていたり、不自然なほどに皺(しわ)がなかったりという芸能人も頻繁に見かけるようになりました。美容皮膚科なるものも登場し、加齢の象徴であるシミ、皺(しわ)、たるみなどは外科的な処置でいくらでも修整できるようになりました。ここシンガポールでも、お金さえだせば美容目的の施術は朝飯前です。日本人向けのフリーペーバーは高級スパや美容外科の広告が大部分を占めています。

 

でも果たして実年齢相応の容貌になることはそんなに悪いことなのでしょうか。エイジングは確かに体力・気力共に衰えを感じる喪失体験です。でも若さとは何か、美しさとは何かを考えるとき、表面的なものではない内側から染み出してくる円熟度のようなもの、たとえば落ち着きや知恵深さ、謙虚さ、奥ゆかしさ、思いやりなどがその人の自然な美しさをつくるような気がします。

 

私の好きな讃岐弁に「ぶに(分)」という言葉があります。これは自分の身の程をわきまえる、という意味で使われていると思いますが、一人ひとりが自分の能力や可能性を精一杯引き出して努力できたなら、それでその人の「ぶに」は果たせたといえるのはないでしょうか。「もっともっと」で人と比較して頑張るよりも、むしろ自分と向き合い、内側の自分を開拓することで本当の自信や自己肯定感が得られるように思います。

 

と、いうわけで、これからは残された時間を意識しつつ、自己実現を始めることにしました。先日、日本人会主催のカラオケコンテストに勇気を振り絞って応募しました。歌はもちろん、『人生の扉』です。日本人、シンガポール人、インドネシア人など38名が日本の歌を唄って競い合いました。18名が予選通過、私もなんとかその中に入ることができ、来週21日の本選出場権を得ました。人前で歌う、まして人と競うなんて10年ぶりくらいですが、人生の思い出作りと、子どもたちに勝敗だけが全てではないと伝えるために頑張ろうと思います。

 

シンガポールに来てから始めたことが3つあります。それはギター、ピアノ、エクササイズです。どれもずっとやりたくて出産や子育てでできなかったものです。今では経験2年目、3年目になりました。はじめは子どもに混じっての音楽教室など羞恥心もありましたが、少しずつでも前に進めば、という気持ちでした。若いときとはちがって何を覚えるにも時間がかかり、また指もなめらかには動きませんが、それでも根気よく練習することで少しは音楽らしくなってきたようです。運動も毎朝汗をかくことで気持ちがすっきりして体力にも多少自信が持てるようになりました。「四十の手習い」はどれもノロノロと亀の歩みですが、子どもの時に与えられていたらきっと持てなかったであろう、感謝の気持ちに満たされて学ぶことを楽しんでいます。自分が本当にやりたいことをやる、これが私の最高のアンチエイジングのようです。

 

9.私流アンチエイジング関連ページ

星の国から風だより
シンガポールという国、皆さんはどのくらいご存知でしょうか。
2.出稼ぎ労働とメンタルヘルス
シンガポールには出稼ぎ労働者が多く住んでいます。人口459万人のうち約100万人が海外から働きに来ている外国人ですが(かくいう私の夫もその一人)、今回はある外国人労働者に起こった悲劇についてお話します。
3.闘病からの気づき
アメリカに端を発した世界金融危機の波はここシンガポールにも押し寄せ、バブル景気に沸いていた市場は一気に冷えこみ始めました。年々上がる一方だった住宅価格も下がり始め、好景気を見込んで高級コンドミニアムを購入した人々は多額の負債を抱え込んだようです。 昨年この国がバブルに浮かれているとき、私は一人の女性に出会い、改めて人生の価値は財産ではないことに気づかされました。今回はその女性についてお話します。
4.暑いお正月に感謝
日本では寒い毎日のようですが、当地シンガポールは朝晩「涼しいなー」という感じの冬です。日中は30度近くありますが、プールに入ると水は冷たく、子どもたちは震えながらスイミングをしています。日の出と日の入りは年中7時ごろですが、冬は日の出も多少遅くなるようで、子どもがスクールバスに乗る朝7時でもまだ暗く、月が出ています。
5.ママ友の闘病体験
乳がんを患った友人Tさんの講演会についてご報告します。
6.ホストマザーに学んだ人生
今回は3月に訪れたアメリカで感じたことをご報告します。
7.マイケル・ジャクソンを悼む
マイケル・ジャクソンの訃報が世界を駆け巡りました。史上最も成功したエンターテイナーとしてギネスブックに認定されたほどの功績を残したマイケルですが、その私生活は訴訟、ゴシップ、離婚、処方薬依存と波瀾に富んでいました。
8.グリーフワーク講座
シンガポール日本人会厚生部主催でグリーフワークの講座をおこないました。
10.「小さな家」から学んだ大きな幸福
昨年から私の心を捉えているある子ども文学についてお話します。