≪星の国から風だより≫  第6回 2009年5月16日

 

いよいよ新年度となり、あっという間に新緑の季節となりました。皆さんはゴールデンウイークを楽しまれてひといきついたところでしょうか。今回は3月に訪れたアメリカで感じたことをご報告します。

 

私は毎年アメリカ各地で開催されるカウンセラーの学会に参加しているのですが、今回はその帰りにテキサス州を訪れました。私が独身時代にホームステイでお世話になったお母さん、マギーと5年ぶりに再会するためです。マギーは私が23歳で民間大使ボランティアとしてインディアナ州の学校に滞在したときに引き受けてくれた人です。

 

お父さんは癌のため6年ほど前に亡くなり、その後テキサス州に引っ越して一人暮らしをしています。今回訪問してよいかとメールで連絡したとき、正直なところ少し不安でした。今年80歳になるマギーの健康状態が悪化していたら会えないと思ったからです。幸い返事は「OK!」だったので、病気ではないことがわかって安心しました。

 

マギーは朝鮮戦争のあった1950年代に、アメリカ軍の牧師を務めていたお父さんと共に日本で暮らした経験があります。3人の子どもを日本で育てたので日本文化に対しても理解が深く、私がステイしていた間も随分と精神面で助けてくれました。

 

 アメリカでは会計士として働く一方で牧師の妻として教会でも精力的に活動し、自分の子育て中に日本人とアメリカ人の養女二人を育てました。私がステイしていたときは学校からの要請で香港からの留学生も同時に引き受けていました。今、自分の子育てで手一杯の私にとって、彼女の人を受け入れる寛容さと家庭を切り盛りする能力には今更ながら脱帽です。

 

3月17日、空港に到着した私を空港ボランティアの制服を着た彼女が迎えてくれました。最後に会ったのは5年前ですが、そのときと変わらない、はつらつとした表情のマギーはシニアボランティアとして旅行者が空港で迷わないように案内をしています。日本からの到着便のときに日本語で話しかけるとすごく喜ばれた、と嬉しそうに話しました。

 

数年前に退職した彼女ですが、今も会社に乞われて週に数日は会計士として働き、空港ボランティアをし、教会で出会ったボーイフレンドと私的な時間を楽しんでいます。亡くなったお父さんには悪いのですが、未亡人になってから益々いきいきと人生を楽しんでいるように見えました。

 

 そんなマギーの人生もいつも順風満帆だったわけではありません。実母は愛情表現に乏しい、冷淡な人だったとお父さんから聞きました。また、まだ貧しかった日本で幼子を3人育てるのも苦労があったようです。やがて息子たちと娘はそれぞれ家庭を持ちましたが息子は二人とも離婚、娘は夫に先立たれました。数年前には孫娘の一人が薬物依存の末に突然死しました。お父さんは立派な牧師でしたが、家庭ではマギーにストレスをぶつけることもあり、特に晩年、癌治療を受けていたときはその苦しさからか些細なことでも苛立ちを見せていました。そんな夫を最期は自宅で看取り、一切の後始末をしたのも彼女でした。そうした辛い体験も今では人生の一ページとなっているようですが、彼女自身は「私は長生きの家系だからまだまだこれから」と言い、昨年新しく買った家の庭をつくる計画を楽しんでいるようでした。

 

 ここ数年、アメリカの学会で「レジリアンシー」(Resiliency)という言葉をよく耳にするようになりました。もともとこの言葉は物理やビジネスで使われる言葉だったようですが、最近は「困難から立ち直る力」といった意味で心理や教育の分野で使われています。マギーの生き方を客観的にみると、彼女のレジリアンシーが高いことは間違いなさそうです。彼女がどんなときも常に「いま、ここ」の視点を保ち、生きることを楽しめるのは、人生で起こる様々な試練や葛藤、喪失に対して一時落ち込むことがあってもやがて跳ね返るボールのように弾力的に現実生活に戻り、過去とは違う、新しい生き方を構築できる力、レジリアンシーを自分で育ててきたからなのでしょう。

 

 レジリアンシーが高い人が示す傾向(protective factors)として研究者は次の5つをあげています。それは、①人間関係が良好である、②問題を明確化して解決方法を考え、実践している、③日頃の読書によってよりよい判断力を身につけている、④他の人をすすんで援助する、⑤自分が楽しむ趣味や関心事がある、です。こうした前向きな姿勢と社会的スキルを持っている人は困難にぶつかったときもその事実に圧倒されることなく、問題を乗り越えられる傾向があるということです(Werner & Smith)。

 

 生きている限り大小の喪失体験を免れることはできない私たちですが、危機的な喪失が訪れたとき、そのショックを受け止め、消化(昇華)し、再び前進できると信じられれば、日常生活をより安心して楽しめるのかもしれません。自然災害に備えるように、日頃から柔軟で弾力性のあるこころを養っておくといざというときに威力を発揮しそうです。

 

私はマギーという人生の師匠からどんなときも人生を楽しんでよいのだ、ということを学びました。いつか終わる命だからこそ今を楽しむ、という彼女の一種の「潔さ」にまだ彼女の半分しか生きていない自分の若さを自覚し、また、未だ彼女を越えられない自分をひそかに嬉しく思った旅でした。

 

参考文献
Werner, E. and Smith, R. (1982, 1989). Vulnerable but Invincible: A Longitudinal Study of Resilient Children and Youth. New York: Adams, Bannister, and Cox.
Werner, E. and Smith, R. (1992). Overcoming the Odds: High-Risk Children from Birth to Adulthood. New York: Cornell University Press.

 

6.ホストマザーに学んだ人生関連ページ

星の国から風だより
シンガポールという国、皆さんはどのくらいご存知でしょうか。
2.出稼ぎ労働とメンタルヘルス
シンガポールには出稼ぎ労働者が多く住んでいます。人口459万人のうち約100万人が海外から働きに来ている外国人ですが(かくいう私の夫もその一人)、今回はある外国人労働者に起こった悲劇についてお話します。
3.闘病からの気づき
アメリカに端を発した世界金融危機の波はここシンガポールにも押し寄せ、バブル景気に沸いていた市場は一気に冷えこみ始めました。年々上がる一方だった住宅価格も下がり始め、好景気を見込んで高級コンドミニアムを購入した人々は多額の負債を抱え込んだようです。 昨年この国がバブルに浮かれているとき、私は一人の女性に出会い、改めて人生の価値は財産ではないことに気づかされました。今回はその女性についてお話します。
4.暑いお正月に感謝
日本では寒い毎日のようですが、当地シンガポールは朝晩「涼しいなー」という感じの冬です。日中は30度近くありますが、プールに入ると水は冷たく、子どもたちは震えながらスイミングをしています。日の出と日の入りは年中7時ごろですが、冬は日の出も多少遅くなるようで、子どもがスクールバスに乗る朝7時でもまだ暗く、月が出ています。
5.ママ友の闘病体験
乳がんを患った友人Tさんの講演会についてご報告します。
7.マイケル・ジャクソンを悼む
マイケル・ジャクソンの訃報が世界を駆け巡りました。史上最も成功したエンターテイナーとしてギネスブックに認定されたほどの功績を残したマイケルですが、その私生活は訴訟、ゴシップ、離婚、処方薬依存と波瀾に富んでいました。
8.グリーフワーク講座
シンガポール日本人会厚生部主催でグリーフワークの講座をおこないました。
9.私流アンチエイジング
エイジング(加齢)について真面目に考え始めました。きっかけは先般のグリーフ講座で資料として使った竹内まりやさんの「人生の扉」という歌です。
10.「小さな家」から学んだ大きな幸福
昨年から私の心を捉えているある子ども文学についてお話します。