≪星の国から風だより≫ 第7回 2009年7月9日
先月6月25日、マイケル・ジャクソンの訃報が世界を駆け巡りました。史上最も成功したエンターテイナーとしてギネスブックに認定されたほどの功績を残したマイケルですが、その私生活は訴訟、ゴシップ、離婚、処方薬依存と波瀾に富んでいました。
25日朝、自宅で呼吸停止状態となり病院に搬送されたという一報を聞いて思い出したのは、やはり米国エンターテイメント史にその名を残したジュディ・ガーランドです。1939年の映画「オズの魔法使い」でドロシーを演じた17歳の彼女はその後次々と大作でヒットを飛ばしますが、多忙なスケジュールをこなす中で覚醒剤(アンフェタミン)と睡眠薬(セコナル)依存になりました。やがて仕事に支障をきたして会社から解雇され、何度も自殺未遂を図りながらも復活を果たしますが、1969年、睡眠薬の過剰摂取で47歳の若さで亡くなりました。皮肉なことに、その母親の苦労を間近に見てきたはずの娘、ライザ・ミネリもまた薬物とアルコール依存に苦しみました(ウイキペディア)。
2003年、ロシアでバレリーナのアナスタシア・ボロチコワが体重が重すぎるとしてボリショイ劇場に解雇されたことが話題になりました。厳しい体重制限が求められるバレエダンサーの世界で、アイスクリームをやめられなくて体重を落とせなかった彼女は持ち上げる相手役がいなくなり、舞台を降ろされました(ロイター通信)。
世界で活躍するバイオリニストの五嶋みどりもその成功の裏で支配の強い母親との葛藤に悩み、成人してから摂食障害を患って4ヶ月間活動を休止しました(朝日新聞2007.6.26)。
華やかな芸能界やスポーツ、芸術などの世界で頂点に昇りつめた人が自己破壊的、また依存的ともとれる行動でその名声を傷つけることがあります。その背景に多大なプレッシャーによるストレスがあることは想像できますが、それに加えて幼少期から注目されたり、スターになってしまうことで「普通の子ども時代」を体験できずに大人になることの機会喪失が一因であるような気がします。
マイケルの場合、才能に気づいた父親によって結成されたジャクソン5の一員として5歳で音楽活動をはじめ、8歳でデビューしました。いきなり大ヒットをとばす成功の裏では、父親による激しい身体的、精神的虐待がありました(性的虐待の疑いもあり)。幼少期より父親から鼻の大きさを中傷されたことも、その後の過剰な整形手術へのこだわりと関係があるとも言われています(ウイキペディア)。一躍時代の寵児としてスターダムにのし上がったマイケルは、私生活では学校に通ったり友達と遊ぶといった当たり前の子ども時代を過ごせず、常にお金がからむショービジネスの世界と父親の支配の中で傷つき、孤独感を深めていったのかもしれません。
子ども時代に肯定的な自己像(セルフイメージ)を抱けないと、その影響は成人後も続くことがあります。通常私たちは親からほめられたり認められたりすることで自分が肯定されたと感じ、「自分はこれでいいのだ」と確認できるわけですが、この時期に親から適切な精神的サポートが得られず、条件付きの愛情しかもらえないと、子どもは親が喜ぶ行動をすることでしか自分は受け入れてもらえないと学びます。
親もはじめは「ただ元気に育ってくれればいい」と思っていても、子どもの成長にしたがって欲が出て、「もっとできるはずだ」と子どもにプレッシャーをかけてしまうことがあります。特に才能のある子どもであればその期待はなお高まります。才能と自己肯定感(自分のことを好きだと思う気持ち)が両輪としてバランスよく育つのが理想ですが、スターといわれる人たちの中には実は強い劣等感を持っている人たちもいます。
女優のオードリー・ヘップバーンが生前自分の顔を醜いと思っていた、という話を聞いたとき、私は実際の容姿や才能にかかわらず、誰でも劣等感に悩むものなのだと悟りました。セルフイメージは自分の主観によってつくられるので歪んでいたり間違っていることがあります。近年の日本におけるプチ整形ブームの背景には、自分を肯定できない心理的な問題もあるようです。自分の容姿に外科的な手を加える前に、その劣等感が本当に現実的なものなのかを検証する必要があるのかもしれません。
どんなに才能や機会に恵まれても、その人の精神的土台となる自己肯定感が不安定だと幸福感や満足感を得ることは難しいでしょう。また困難な状況に遭遇したとき、自分を大切にしたいという自己尊厳が乏しいと薬物やアルコールなどの誘惑に負けてしまうかもしれません。「早く大人になりすぎた子どもたち」の悲哀を知るとき、本来ならば得られていたであろう子どもらしい生活体験の機会喪失が影響しているような気がします。
子どもたちがその持てる才能を充分に開花させ、健全な自己肯定感を育てるには、周囲の大人のサポートが必要です。大人たちが彼らに日々栄養を与え、見守り、そして我慢強く待つことができれば、子どもは自分の力で花を咲かせ、生きる喜びを知るのでしょう。
マイケルの追悼式終盤に、それまで一切メディアに登場しなかった3人の子どもたちが登壇しました。11歳の長女は「ダディは私が生まれてからずっと、考えられる中で一番の父だった」と涙をこらえてスピーチをしました(毎日新聞2009.07.08)。自分の父親とは異なり、マイケルが家庭では子どもに愛された父親だったという事実は、この悲壮な結末に一筋の癒しの光を与えるものとなりました。
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